日本を紳士の国に変える 第八十八幕
僕が下宿を始めてから一ヶ月近くが経とうとしていた。
相変わらず外はうだるように暑い。
一度病室で野田と二人になったことがあった。
「聡美は家でどんな感じ?」
「普段通りだと思います。でも僕がいるから無理に明るくしてくれているんだと思います。」
「そっかー!遼兵君がいると安心だなー。俺がいなくなっても聡美のこと少しだけ気にかけてやってくれな!」
「そんな縁起でもないこと言わないでくださいよ。」僕は笑った。
一週間あれば体調が良い日が四日か五日くらいあったが、
それが三日、二日と少なくなっていった。
医者はホスピスを勧めた。
一日中眠っている日もあった。
僕は野田の痩せ細った体を見るよりも
聡美さんがお湯を湿らせたタオルで、野田の体を丁寧に拭く姿の方が見ていて辛かった。
目を充血させて、目頭に涙をこれでもかと溜めて、体を拭いていた。
野田は骨だけのように痩せて、薄黒い肌の色になっていた。
朝、いつもの様に病室へ入ると一人のスーツを着た男がいた。
僕が挨拶をすると、男もまた挨拶をした。
野田はまだ寝ているみたいだった。
「君が遼兵君?」男が聞いた。
「はい。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「僕は野田と遼兵君のお父さんと大学の頃一緒に野球をやっていた窪田って言います。」
「あ、そうだったんですね!せっかくですが、最近一日中寝ている日が多くてお話ができるかどうか、、、」
「いえ、この日に来るように一ヶ月近く前に連絡があったんですよ。スーツを作って欲しいって。野田の頼みだから聞かないわけにはいきませんからね。来たんです。」
「あぁ、でもこんな状態ですので、厳しいかと、、」
「いや多分。遼兵君の最初のお客さんになってくれってことだと思いますよ。」窪田はニコッと白い歯を見せた。
「俺の弟子が現れたぞって嬉しそうに電話してきたんです。しかも天野の息子だ!って幸せそうに笑ってました!」
僕は眠っている野田の顔を見て、
やっぱりふざけてるな、この人。と思った。