日本を紳士の国に変える 第三十五幕

 悶える様に暑かった夏はすっかり影を潜め、

山が頬紅を塗り、銀杏の木が公園内に強い匂いを放っている。

季節の移ろいを肌で感じ、日本の四季の美しさを実感する。

 

 僕は朝からARMORのスーツを纏って、散歩をしていた。

 

秋の日の朝は少々寒かったが上に何も羽織らず

家を出てきた。その冷たさが、僕の心を引き締めた。

 

 買い出しに行く時やブラっとコンビニに行く時には

決して気づく事のない四季の移ろい。

スーツの美しさ、スーツの持つ力に僕は気づいた。

 

 部屋に戻りスーツを脱ぎ、ベッドに横になった。

何もしない一日が苦痛に感じた。

スマホを手に取って、タウ○ワークを開いた。

だらだらと求人を見ていたらアルバイトでも始めてみようかとも思った。

しかし、頭の中に舞い戻ってくる。

外に出ることの恐怖。部屋の中の居心地の良さ。

 

 そんな時佐久間の言葉が頭をよぎった。

「ここがスタートだよ。」

 

僕は近くのコンビニに募集があったから、

自分の情報を入力して、すぐに応募した。

 

 応募してみると、不思議と不安ではなくなった。

むしろアルバイトを始めるのが楽しみに感じた。

怯えていたものは、目には見えないものだった。

 

 僕は自分で作り上げた恐怖という小さな溝を

ジャンプして飛び越えることができなかったのだ。

飛び越えた先で後ろを振り返ると溝の小ささに驚かされる。

何故、あれを飛び越える勇気が沸かなかったのか。

 

 人間の進化には「虚像を信じる」能力が大きく関わっているらしい。

引きこもっていた生活で”恐怖”という溝は、

僕自身が深く掘り進め、溝の幅を広げていったのだと気づく。

 

 アルバイトの面接の日、

ARMORのスーツを着た僕は近くのコンビニまで歩いて行った。

これまでの生活を口にするのは嫌だったが、全て正直に話した。

 

アルバイトは無事採用となった。

 

 僕は家に帰ると母親にアルバイトを始めると告げた。

母親は何度も何度も頷いた。

次第に顔を真っ赤にして頷きながら大粒の涙を流し始めた。

何故か僕も涙が止まらなかった。

 

母親は一人で毎日戦っていたのだと初めて気付いた。 

 

明日のアルバイトは目を腫らしての参戦となった。

 

 

 僕はARMORに感謝の手紙を送った。

アルバイトを始めたこと。

母親と今後の事を話せたこと。

それと、スーツを着た時の高揚感。

三枚にも及ぶ長い手紙になった。

でも、全部読んでくれると分かっている。

 

 今夜はぐっすり眠れそうだ。