日本を紳士の国に変える 第七十五幕

 家に帰ると父がビールを飲んでいた。

食事は終わっていたから、多分僕を待っていたのだと思う。

いつもならさっさと寝支度にはいる。

 

「会社辞めるって言ったんだってな。」

伝わるとは思っていたが、ここまで早いとは驚いた。

「うん、辞めようと思う。」

「そうか、自分の人生だからな。」

うん。とだけ告げると、父は寝支度をしに二階へ上がって行った。

 

 林に辞める事を告げた月の終わりに退職できることになった。

皆んながいる事務所で退職の挨拶をした時は少し緊張した。

辞める時は全員がニコニコと次の会社でも頑張ってとか、少し寂しくなるなとか。思ってもいないことをお面を被って話していた。あの林までも。

 

 僕は無職になった。

仕事をしている時は休みがずっと続けばいいと思っていたが、実質ずっと休めるとなると早く働きたいと思うようになっていた。

働かないということがどれだけの恐怖か。この時初めて知った。僕の周りの奴らは毎日会社に行って仕事をしている。僕は家でカップラーメンを食べながら、テレビを見ていた。今すぐに働かないといけないと、変な焦りが出てきた。

確かに日本には勤労の義務があるが、そこからくる焦りではなかった。

間違いなく世間体が僕をそうさせていた。

いつだって人間は周りの目が気になる。どんな場面においてもそうだ。目の前で人が困っている様に見えてもすかさず手を差し伸べに行く人は少ないだろう。

 

 仕事から帰ってきた父が僕にグローブを渡してきた。

「キャッチボールをするぞ。」と言って玄関に戻っていった。

僕は父の後を追いかけるように玄関に行った。

父は靴紐を結んでいるところだった、頭の白髪が増えたように感じた。

 

 キャッチボールを始めるとすぐに父が話し始めた。

「明日、お前のスーツを買いに行こう。」

「えっ?スーツ?」

「お前にぴったりのスーツ屋があるんだよ。」と言ってニヤッと笑った。

 

 

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