日本を紳士の国へ変える 第三幕

 先日は高級なスーツの私なりの定義を示した。第三幕では何故私がスーツの魅力に取り憑かれてしまったのか。その経緯を、できるだけリアルに皆様にお伝えする。

 

 私はくたびれていた。かなりハードな練習を終えてアパートの階段を一段一段、恨みながら登っていく。しかし心持ちは軽やかであった。右手には恩師の結婚式への招待状を握っていたからだ。これが大学一年生の春の事だ。

 流石に葬儀の時の学生みたいに制服で出席はできない。スーツを買わなきゃ。後日、駅にあるチェーンのスーツ屋に足を運んだ。綺麗に整列したスーツ達。何がどう違うのか分かるはずもなく、店員に声をかけた。「結婚式に出たいんです。」

 結婚式当日。私はパンツ一丁で薄くて長い靴下を小指の爪に引っ掛けながら履いた。ズボンをシワがよらないようにと優しく履き、焦茶色の細いベルトを通した。肌着をズボンに押し込み、姿写しの中の自分と目を合わせる。不完全だ。ありったけの整髪料を頭に塗りたくり、髪の勝手な行動は決して許さなかった。ワイシャツのボタンに苦労しながら上まで留め、ネクタイを締め上げた。ジャケットを羽織る。鏡の中の自分と目が合う。スーツの持つ力を私は信じた。

 単純にスーツを着ている時と着ていない時とでは何もかもが違った。本当に人が変わったように感じた。

 

 スーツを的確に着て、髭の剃り残しが無いのを確認して、整髪料で髪を整える。これだけで本当に人間が変わるのだ。